重心の低いグラスが好き。
一口めは、少しハードなほうがいい。
指先が、グラスの重心を感じ取る。
知らず知らず、何杯かを飲み尽くす。
最後の一杯も、少しだけ濃いめのほうがいい。
指先が、重心を感じなくなっている。
いつの間、なんだろう。
そのかすかな強弱を味わえるように飲む。
一日を終えて、ひととき、そんなふうに憩(いこ)う。
今夜の友は、サントリーの角瓶。
琥珀(こはく)が、バーのカウンターライトに静かに溶ける。
BGMは、再結成のクリーム。
添えのチョコポッキーと飲みかけのビールグラスが、
ほんの少しだけ、時間を止めてくれる。
今だけ。ほんの少しだけ。優しげに。
R&Bが続き、ボブ・ディランが歌う。
「答えは、風の中」だと。
きのう、会った人のこと。
今日、うまくいかなかったこと。
明日、終えなければならないこと。
まるで、中身があってはいけないような、
そんな約束でもあるかのような、
たわいのないやりとりを重ねながら、夜が更けゆく。
一人で落ち着ける場所を見つけるのは、簡単じゃない。
簡単じゃないからこそ、見つけたら、大切にしたい。
その場所でなら…
きのう、会った人のこと。
今日、うまくいかなかったこと。
明日、終えなければならないこと。
全部、ひととき、忘れてしまえる。
背負っている荷物を、刹那(せつな)、
背から降ろす。
踏ん張っていた脚を伸ばして、弛緩(しかん)を味わう。
そんな場所。
だれだって、何かを背負ってる。
人に見せられない荷物もある。
背負っていなければいけないけれど、
ほんの刹那、それを、背負いきれない夜だってある。
許してくれる場所があるなら、大切にしたい。
大切にしていい。
「優れた登山者ほど、休息の大切さを知っている」。
いつか、本でそう、読んだ。
気のおけないオーナーと小さく響くBGM。
少しずつ、透き通って見えてくる。
帰りのときを気づかせてるんだ。
いつの間、なんだろう。
背中が軽くなって、話も弾んでる。
明日、どんな高い山でも登れる気がする。
「休息を取ろう」。
そう思えるだけで、気持ちが楽になる。
琥珀が秘めている力。
ボブ・ディランが歌う。
リピート。
「答えは、風の中」。
重心が低いグラスを指先で持ち上げる。
氷の乾いた音がする。
今夜、必要だった分は、胸を満たした
グラスは、そして重さを忘れる。
今夜は少し、蒸す。
うちに帰って、熱いシャワーを浴びよう。
そして、ゆっくりと眠る。
よし!
明日も一日、張り切る!